謎の水、名大水を買った─名大研究会─
名古屋大学の購買には、こんな水が置いてある。
人呼んで「名大水」(ぼくが勝手に決めた。)
棚で異様な雰囲気を漂わせているので、購買を使ったことがある人なら誰でも知っていると思う。
しかし、存在感の割にはそんなに買っている人を見かけない。理由はすぐ下の棚を見ればわかる。
い・ろ・は・す(555mL, 税込98円)
500mL, 100円の名大水には量でも値段でもまさっている。名大水が売れないのも納得のコストパフォーマンスだ。水なんて安ければいいし。
そうなると名大水、わざわざ買う理由がない……。かわいそうなので、買う理由を何とかして見つけてあげることにした。
ほかの水と比べてみよう
とりあえず、飲み比べることにした。水なんて安ければいいとは言ったけど、もしかしたら味が無視できないくらい違うかもしれない。
ついでに近くの棚にあったクリスタルガイザーも買った。こちらは700mL, 98円。安いし名前もかっこいい。名大水には名前すらないのに。
同伴していた山田とふたりで飲むために紙コップも買った。いや、買ってもらった。
というのも言い出しっぺの山田が、いろはす以外を全部支払ってくれたのだ。水と紙コップを奢ってもらうという後にも先にもない経験をした。
① いろはす
まずはいろはすを飲むことにした。
コップにちょっとずつ注いで、二人で飲む。
…………。
「まあ、普通の味……。」
あたり前だ。間違ってもここで欲をかいて「あれっ?改まって飲んでみると意外なおいしさがあるぞ……?」などと言ってはいけない。
こういう場面では、どんな人でも「普通の味」「いつもの味」と言う。日本語の語彙ではこれが唯一で、限界なのだ。ぼくたちも甘んじてこの予定調和を受け入れよう。
② 名大水
次は本命、名大水を飲もう。この味によって名大水の命運が決まる。そう考えるとドキドキしてきた。
…………。
「!?」
「思ったよりもおいしいぞ……!?」
なんというか、味がやわらかいような気がする。
「もしかしていろはすよりもおいしいんじゃないか?」と急いでいろはすを飲んでみると……残念ながら、味は全く同じだった。どうやらぼくの名大水にかける思いが強すぎて、認識が歪んでしまっていたらしい。
山田も全く同じ状況におちいっていた。名大水を飲んだ直後、興奮した様子でいろはすを飲み直し、すぐ冷めた表情になっていた。水の"温度"ではなく"味"で頭が冷えるという瞬間は初めて見た。
③ クリスタルガイザー
名大水の味がいろはすと全く同じだったことで、もうコスパでは完全敗北を喫していることになる。でも一応、クリスタルガイザーも飲んでおこう。
正直、700mLのこれが無難な味で無難に優勝するような気しかしていない。
…………。
……???
もう一回飲んでみる。
…………。
「もしかして味、違う……?」
ぼくには名大水の味を過大評価したという負の実績があるので、弱腰にそう聞いた。すると、山田も味の違いを感じると言う。雑味がしっかりと目立っているのだ。
「そんなことってある???」
実は当初のぼくは「水なんか飲み比べても、違いなんてあるわけないじゃ~ん」というオチを予見していたので、これはとてつもない想定外だった。
山田に至っては味が違うという感性を疑いだして、水の硬度を調べ始めた。もう少し自分の舌を信用してほしい。
そう思ったものの、ぼくもさっき飲んだいろはすと名大水の味を思い出せなくなって、交互に飲み始めた。しかし繰り返し飲めば飲むほど、今どっちの水を飲んでいるのか分からなくなっていく……。
結局、クリスタルガイザーは少しまずくて、それ以外二つの味は変わらないということにした。
値段や味では測れない価値
今のところ名大水は味で同率一位、値段で最下位だ。おまけにちゃんとした名前を持っていない。
このままでは「名大のネームバリューにものを言わせて不当に高くしてある水」ということになってしまう。
何とかして名大水に価値を見出さなければ。困り果てた僕たちは、ついに「ラベル」へ目を向けることにした。
なにせ棚では「ミネラルウォーター・名大ラベル」として並んでいるのだから、名大水のアイデンティティはここに重きが置いてあるに違いない。水として基礎ステータスで劣るなら、このラベルで挽回してほしい……!
そんな期待を胸に、ラベルをよく見るためはがそうとするが、とてもはがしづらい。
なんとかはがせたが、びりびりになってしまった。いろはすのラベルは簡単に、きれいにはがせるというのに。
名大水の隠された価値を探しているはずなのに、新たな欠点が見つかってしまった。一方でいろはすは何もしていないのに評価が上がっていく。優等生とはそういうものだ。
でもぼくは、名大水のことをもはや憎めなくなっている。はがしにくいぞ、かわいいやつめ。必ずいいところを見つけてやるからな。
「不良ばかり気にかけてもらえるせいで優等生がコンプレックスを抱える」という構図はこうやって生まれる。
ラベルをよく見てみよう
くしゃくしゃのラベルとにらみ合いながら、考える。
うーーーーーん……
あっ!
豊田講堂のところ、「Toyoda」と書いてある。「とよたこうどう」と読むのだとばかり思っていたが、本当は「とよだこうどう」だったのか。
どうやら豊田自動織機の創立者、豊田佐吉にちなんでいるかららしい。前者は「とよたじどうしょっき」、後者は「とよださきち」と読む。ややこしい。
とにかく名大水のお陰で、いつか読み間違いで恥をかいたかもしれないという未来を防ぐことが出来た。
しかし、これこそが名大水の価値だ!と言い張るのはさすがに無理がある。もう少し何かないか……ぼくたちは再びラベルと向き合った。
うーーーーーん……
あっ!
これは……名古屋大学医学部附属病院!鶴舞キャンパスにあると言われている、あの!
ぼくはまだ東山キャンパスしか訪れたことがないので、この建物を実際に見たことはない。なるほど、こんな感じの建物なのか。
そういう視点で見てみると、全学教育棟周辺を利用するだけではお目にかかれないような建物が結構のっている。
そうか!名大水のラベルを見れば、足が遠のきがちな建物にも思いを馳せることができるのか。ようやく名大水のそれっぽい付加価値が見つかった!
買わなくてもラベルを見られるなんてことは知っている。大切なのは、買ってまでして見ようとする心意気だ。名大水は愛学心を試しているのだ。
悪くはない水、名大水
値段は少しだけ高いけど、味は間違いない。そして何より、まだ見ぬ学内の施設を思い、愛学心をはぐくめる。
たまにはそんな名大水を買ってみて、ラベルがはがしづらいことに文句を垂れてみてほしい。
きっと、今日も購買で売れ残っているから。